株式会社日立製作所(以下、日立)は、衣料品小売大手のワークマンとの協創により、発注業務を自動化する新システムを開発しました。プロジェクトマネージャーを務めたのが、インダストリアルデジタルビジネスユニットの音川 芳賢です。音川はこのプロジェクトに、自動化を超えた大義と、“顧客協創”の可能性を感じています。
独自のロジックを生かしながら、約14,000品目の発注業務を完全自動化
プロジェクトがスタートしたのは、2020年。作業服やアウトドアの小売店を全国展開する株式会社ワークマンから、「約14,000品目の取り扱い商品の発注業務を自動化したい」という依頼が舞い込みました。
ただそれは、単なる自動化のシステム開発ではなく、ワークマンならではの特別な事情がありました。
音川 「もともとワークマンさまは、自動発注自体はされていました。発注業務は、各店舗において担当者がこれまでの経験を生かしながら行っていて、95%ぐらいの商品については、すでにワークマンさまが独自の補充方式のロジックを構築していたんです。ただ、残りの5%の商品については、曜日別の事情に振られてしまったりしてロジックがうまく当てはまらず、そこが課題となっていました。課題を改善して全店舗で完全自動発注を実現すること、かつ、各店舗の担当者の負担を軽減して働き方改革を進めたいというのが、ワークマンさまの要望でした」
日立は、需要予測型自動発注サービスの開発実績があり、全国展開するスーパーマーケットなどに導入していました。
ただ、今回のケースでは、そのシステムをそのまま導入することはできません。ワークマンですでに使われている自動発注システムのロジックは生かしながら、日立のサービスを活用して、課題を解決していくことが求められました。
こうして、お客さまと協力しながら創る、“顧客協創”がスタートしたのです。
お店に足を運び商品ごとの物語を知る。業務部門を巻き込み現場の共感を得る提案を
音川がまず、提案段階で行ったのが、ワークマンの店舗に足を運ぶことでした。
音川 「ワークマンさまが、90%は今のシステムで満足しているという本質は何か?お話を聞くだけでは分からないので、実際にお店を見に行きました。すると、商品ごとに売れ方の物語があることが分かり、90%という数字の中身をリアリティーをもって理解することができました。課題についても、よりイメージが湧いてきました。
その上で、『お客さまの課題について、日立のシステムをこう活用することで解決できます』と、具体性と実現性がある提案ができました」
音川は、売り場を担う業務部門と積極的にコミュニケーションを取り、提案する際には、システム部門だけでなく、業務部門の現場責任者など、多くのステークホルダーを巻き込みプレゼンを実施しました。
音川 「システムの提案というと、システムの詳細な内容に終始しがちですが、私は、例えば軍手の売れ方などのシチュエーションを織り交ぜて話をすることを意識しました。すると、お客さまから『分かっているねぇ』と言っていただいたりして。やはり現場を見て良かったと感じましたね」
プロジェクトを進める上で、もう一つポイントとなったのは、ワークマンのデータの取り扱いでした。ワークマンの既存システムで使っている必要充分なデータは変えないまま、新しいエンジンに移行させる必要があったのです。ただ、ここで課題が立ちはだかります。
音川 「一番驚いたのは、データサイズの大きさです。2023年1月現在の取り扱い商品数だけでも相当なデータになりますが、過去からの入れ替え商品も含めると30万品目もの商品データが入っていたんです。データ処理量が多すぎて、計算に丸一日以上かかるほど。テスト時には、データが大きすぎてさまざまなほころびが出て、システムのサイクル運転が回らなかったこともあり、苦労しましたね」
そこで、音川はデータをスリム化する決断をします。
音川 「不要なデータを見極め、お客さまの合意を取りながら、除去していきました。それにより、サーバーの能力増強などをすることなく、コスト最適を実現することができました。その辺のデータを見極める視点や、コスト最適な方法をかなえるのが、システムエンジニアの腕の見せ所だと思います」
そうして完成したシステムを導入することで、ワークマンは、従来各店舗で一日あたり約30分要していた発注作業を、約2分に短縮。欠品の抑制と在庫の適正化とともに、働き方改革を実現することができました。
プロジェクトを成功に導いたのは、日立のさまざまなフィールドでの経験
今回のプロジェクトでは、顧客協創ならではの醍醐味がありました。
音川 「お客さまの持っている知見や事例で、実現性を高めてほしいというリクエストが多いので、それに対して、私たちの知識や経験を持って応えていくことが求められます。ですから、単にお客さまの要件を伺うだけでは足りません。自分たちも業務改革に関する知見を、自信を持って出して、お客さまと一緒に解決に向けて取り組んでいくんだという意思を共有していきました」
まさに、その業務改革の知見を出す際に、音川のこれまでの経験が生きました。
音川は、2000年に新卒で日立製作所に入社。直後の配属から現在の部署に所属し、幅広い商材の卸売業における販売管理や生産管理のシステム開発、マイグレーション、クラウドの開発などを手掛けてきました。中でも、難易度の高い大規模プロジェクトでマネジメントを経験した際には、500名ほどのメンバーのまとめ役を担っていました。
音川 「技術やマネジメントの要素は、最近の経験から来ているものが多いですが、業務を洞察するという要素は、入社間もなくからのアプリケーションの開発経験が非常に生きています。お客さまを理解するために、まずはお客さま先に足を運んで、愚直に話を聞くことを、若い頃から大切にしていました。業務フローを書いたりして、お客さま理解に努めましたね。
ですから、今回の協創でも、『こういった課題がありそうだね』とか『これはどうしたらいいか』など業務を整理していく際に、これまでの自分の知識や経験の引き出しが、とても役立ちました。私が入社からさまざまな経験を積み重ねてこられたのは、日立に大きなプロジェクトがたくさん走っていて、いろいろな経験ができるフィールドがあったからこそだと思います」
さまざまな経験に裏付けられた説得力ある知見を出していくことで、音川は、顧客協創のパートナーとして、お客さまの信頼を獲得していきました。
音川 「通常のプロジェクトでは、お客さまは一歩上位なイメージかもしれません。しかし顧客協創では、同じ仲間としてコミュニケーションをとっていきます。『私たちはこういう工夫をして結果を出したいので、そのために必要な情報がほしい』などと、フラットに伝えます。それを積み重ねてしっかり結果も出していけば、お客さまも『どんどん言ってほしい』という雰囲気になります。
そのうち、きちんとしたレポートを作らなくても、自分の感覚的なメモで話ができるようになり、プロジェクト推進のスピードも速くなります。ノウハウを出し合い、お互いが高め合いながら信頼関係を構築していく過程が、協創プロジェクトの醍醐味ではないかなと思います」
協創により、めざすゴールを達成することができたプロジェクトは、業態に関係なく高い関心を集め、多くの問い合わせが寄せられました。結果的に、お客さまのPRにも貢献するプロジェクトとなりました。
発注業務で集まるデータを活用し、次世代流通ITの仕組みにつなげ
発注業務のデジタル化には、単なる効率化や働き方改革への貢献に留まらない、大きな意義があると、音川は考えます。
音川 「流通業界は、有象無象の課題がある世界です。そこでは、これまでITといえば、業務の簡素化やデータ管理が中心的な流れでしたが、ビッグデータが叫ばれはじめてから、一気にデータ活用へと流れが変わりました。流通におけるデータ活用の根幹を担うのが、発注業務だと思います。
今回のプロジェクトで、さまざまな要素のデータを収集する必要性があり、発注がどれほど重要な業務かというのがよく分かりました」
さらに、音川は続けます。
音川 「一方で、効率性を追求する物流の領域とは、売りたいときに物流が追いつかない、トレードオフが起こることがあります。そこのバランスを取るのも、実は発注業務です。重要な情報がすべて集まってくるのが発注で、そこで集めた情報を全て理解して、成果が上がっているかの評価データを分析していく仕組みを作ることができれば──
例えば、販促業務や価格調整、さらに物流と販促のトレードオフといった壮大な課題も、解決できるかもしれません。そうやってさまざまな活用口を作っていくことで、次世代の流通ITの仕組みにつなげていける可能性があると思うのです」
発注業務のデジタル化からはじまる次世代の流通ITの創造に、大きな意義と使命を感じている音川には、さらにその先に思い描く世界があります。
音川 「流通から街づくりに貢献していきたいんです。流通とは、生活者と消費者のための仕組みであることが根源なので、街というフィールドで、流通の役割を設計したい。そういう意味で、流通の世界でのITの可能性は、かなり大きいと思います」
壮大な夢を思い描く音川は、今後もお客さまに寄り添い続けたいと話します。
音川 「プロジェクトの枠にとらわれず、課題を摘み取り、キャッチアップして解決策をアレンジするコーディネーターのような役割を担っていきたいですね。お客さまにソリューションを提供し、喜んでいただく瞬間が、やっぱり一番好きなんです」
お客さまとともに、流通の新しい仕組みを創る音川の物語は、まだまだ続いていきます。
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